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移住者は納屋の包容力に圧倒される

年始早々、ゴミ出しの日々がスタートしております。本当は年末年始はコタツに入って本でも読んで夫婦でゴロゴロしようかとニヤニヤしながら計画していたのですが、「そんなヒマがあったら納屋のゴミ出しをせねば」という焦燥感にかられ、正月から働いております。

 

納屋という名のブラックホール

私達はこの家に夏から住んでいるのですが、納屋の中身は最初引っ越してきたときにチラッと見た程度で、これまでほとんど利用してきませんでした。チラッと見た範囲では、とてもよく整理されていて元々の家主さんの人柄が出ている印象を受けていました。発泡スチロールや薪木といった軽くてかさばるものはそれぞれ小分けにして紐で縛ってあったり、食器類は箱に入れてそれを棚に収めてさらにその上から新聞紙で包んでホコリをかぶらないようにしてあったり。

 

なので、いざ納屋を使おうと思ったときにも、中のものを出して整理するなんて造作もないことだと考えていました。いやぁ、当時の私に言いたいですね、「古民家なめてんじゃねぇ」と。(ちなみに2016年に男木島に引っ越してきた30代前半の同世代3世帯はほぼ毎日顔を合わせる仲良しさんなのですが、3世帯とも同じように自宅敷地内の納屋をどのようにマネージメントしていくかという問題に日々取り組んでいるということも一致します。話題の3割強は納屋の話といって過言ではないでしょう。)

うまく整理されているということは、つまり隙間を最小化しながら、最大限のものがそこに収められているということを意味するのです。納屋のゴミ出しに着手してもう10日ぐらい経つように思いますが、まだまだ目処が立つところまで来ていないのが現状です。古民家の歴史の重厚さ、納屋の文字通り闇の深さを日々痛感しております。今日見つけた箱入りの漆塗りのお膳なんて昭和11年製でしたよ。80年!!

左から、謎の巨大鉄鍋、ロッキンチェア、箱入りお膳30人前 手に持っているのは襖の枠を分解したもの

 

今風に言えば「オフグリッド」冷蔵庫
下にあるのは「カラーテレビ」(そう書いてある)

島のゴミ捨て事情

これが島でなかったら話はまだ簡単なんです。友達かレンタカー屋さんから大きなトラックを借りて、粗大ゴミなどが持ち込めるような大規模なゴミ捨て場に全部捨てて、それでも足りなければそれを往復すれば良いだけです。いたってシンプル。

だがしかし、ここは島なのです。さらに、この男木島は道が細く入り組んでいるため、島の多くの部分で車を使うことができません。大型車をレンタルしても港までゴミを運び出す手間+フェリーの料金(おそらく1往復で1〜2万円)が発生し、フェリーの時間の兼ね合いもあり頑張っても1日2往復しかできません。となると基本的にゴミ出しは人力で行うことになります。さらに可燃ゴミ以外は月一回の回収なので、その日を待つ必要があります。ちなみに私は年末の回収日に、家と収集場所を一輪車イッパイのゴミを抱えて11往復するハメになりました。その日は島民にとっての一大イベントの日で、数日前からゴミ出しのことが島民の話題に頻繁にのぼるようになります。坂の上の方に住んでいるお婆ちゃんもオンバを使って収集場所までゴミを運んでいます。裏を返せば、その日はほとんどの島民が収集場所まで出てくるため、色んな人とコミュニケーションをとれるチャンスと捉えることもできます。

ただこの月一回の回収はあくまで行政のサービスなので、あまりに大量のゴミを個人が一度に出すことはできませんし、大型のゴミもそのままでは出せないものがあります。

そこで頼りになるのが古道具屋さんと便利屋さんなのです。彼らは今月中に私達を助けてくれるはずなので、その活躍については後日触れることにしましょう。

謎のロングしゃもじを持って
視線はすでにオシャレ店舗の完成を夢見ている
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2017年のプロジェクトあれこれ

最初にお知らせを3点。

  • 2017年1月から3月末まで(?)ダモンテ商会は実店舗の工事を最優先事項にしており、営業はしておりません。ご期待にそえず申し訳ありません。
  • パンや焼き菓子をご所望の方は予約をお願いします。前日の午前までに問い合わせフォームかinstagramかFacebookにて予約していただけると、最高の状態でお渡しできると思います。
  • DIY好きのお手伝いを随時募集しています。報酬はかけがえのない名誉とあふれ出す達成感のほかには、寝床と風呂と御飯です。時間と体力があって、島暮らしがしてみたいという方はご連絡を。

 

年始にあれこれ考える

年が明けてしまいました。2017年ですね。年明けというのは、これまでのことや、これからのことを整理したり、考えたりするのに適している時期だと思います。ゆっくりと時間をかけて、コタツに入って、みかんを食べながら、ノートを取ったりして、思考を深めていくという過ごし方を毎年心がけています。

 

ここ数年では、2015年は仕事を辞めて、世界旅行に出かけるというのが最も大きなプロジェクトでした。2016年は上半期は世界旅行、下半期は男木島に引っ越すというのがメインでした。今のところ、細かいところを除くとやはり数年前に頭の片隅にあったことがどんどん実現していっているような感触があります。それは決して受動的なものではなく、どちらかというと能動的に実現していくというニュアンスが近いのですが。だからこそ眼前のタスクに舵取りに忙殺されることなく、顔を上げて波間に時折見える灯台を目指す必要があると思うのです。

 

2017年に控えているプロジェクト

さて、ということで2017年です。抱負みたいなものはあまり考えていないのですが、プロジェクトは色々と考えているので、それをここで書いておきたいと思います。

  • ダモンテ商会の実店舗をオープン
  • EC事業の立ち上げ
  • ヤギ飼育の開始
  • コーヒー豆のローストに着手
  • 島のおばあちゃんを巻き込んだワークショップの開催

他にも色々あるのですが、まぁこれだけできれば2017年としては合格点を自分にあげたいと考えています。

 

それぞれのプロジェクトはこのブログでもいずれ触れることになると思うのですが、今回はその中でも最も重要な「実店舗のオープン」について。

 

自分の店、自分で作ります

ビフォーの様子。北西から。
ビフォーの様子。東から。

これまで私達「ダモンテ商会」は男木島図書館の御厚意に甘える形で庭先のスペース「老人と海」を借りて営業をしていました。そのスタイルも私達にとっては居心地の良いものだったのですが、さらなる発展と可能性を信じて自分たちの手で新たに実店舗を構えることにしました(屋台スタイルでは吹きすさぶ冬の風に対処しきれないという事情もあったりなかったり)。居心地の良い環境を自ら手放すのはもったいないとも思うのですが、自分達のやりたいことを追求するためには仕方のないステップなのだと考えています。

 

ダモンテ商会の新しい店舗は私達の自宅の「離れ」兼「納屋」を改装する形でつくるつもりでいます。正直言うとその道のプロに入って欲しいところですが、そんな予算もないので、例によって自分達の手で全面リフォームを行おうと思っています。自分達の手で何かをつくることは、様々なレイヤーで新たな「つながり」が生まれることだと信じています。物理的にも、社会的にも、経済的にも、文化的にも。なので、今回のこのプロジェクトもクオリティは追求しつつ、楽しさを常に脇に携えて取り組んでいきたいと思っています。はてさて、どうなることやら。

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自由の象徴としての発酵食品

突然ですが、発酵食品が好きです。昔はそれほど好きでもなかったのですが、年を取るとともに味覚や嗜好が変化してきたのか、最近は発酵に夢中になっています。

 

発酵とは何かなんてことは難しいのでうまく説明できませんが、要するに「微生物の作用を利用して食品の状態を人間の都合の良いように変化させること」を「発酵」と表現するので間違ってはいないと思います。我が家では現在、いろいろな発酵プロジェクトが同時進行中です。毎日のパン作りはもちろんのこと、ワインビネガーやコンブチャ(これに関してはまた別のポスト)といった液体系、ザワークラウトのような野菜系など様々な発酵食品が我が家の隅っこで瓶に収められています。ちょっとした発酵所状態です。

 

一昔前はぬか漬けや味噌造り(手前味噌の語源ですね)など多くの家庭で様々な発酵食品が製造・利用されていたのだと思います。今はこういった発酵の営みは家庭から消え失せつつあり、もっぱらお店で買い求めるのが一般的になってしまっています。いや、別にいいんですけどね。「安全な材料」で「おいしいもの」が「豊富な品揃え」ですもの。そこまで高価格でもないですし。

 

ただひとつ思うのは、それでは面白みに欠けるということなのです。

 

添加物の安全性うんぬんをここで論じるつもりはないのですが、単純に基本的に食品は「買うより作る方が良いよ」ということをお伝えしたいわけです。どんな食品でも、野菜でもお菓子でも、作る方がより安くて、より美味しくて、より自分好みで、より面白いです。絶対。

 

それらの食品のなかでも特に際立って手作りの良さが出るのが発酵食品だと私は思います。なぜか。イチバンの理由は人間は働かなくてよくて、微生物に代わりに働いてもらうからです。人間のやることは微生物の働きやすい環境を整えるだけ。それだけ簡単な作業をするだけなのに、保存がきくようになり、風味が増し、美味しくなります。まぁ不思議。

 

今日はお店でザワークラウトを提供しましたが、これなんて原材料はほぼキャベツと塩だけです。それにほんのちょっと香り付けとしてジュニパーベリーとキャラウェイシードを加えるだけ。ややこしい添加物なんて入れなくても、こんな単純な構成のものを瓶に詰めておくだけで1年ぐらいもつ惣菜になるのです(このレシピはまた今度)。しかも美味しい。

 

誰がどんな環境で作ったか分からないようなものを食べて、楽しい気持ちになりますか。長ったらしいカタカナで実態が何かよく分からない原材料を使う食品を買って、ワクワクしますか。そんなものよりも、みんながかつて共有していた古い知恵を活かす方がステキだとは思いませんか。

 

大企業があらゆるものを作って提供している現代において、作る自由と喜びを自分達のもとに取り戻すための最も簡単な方法のひとつが発酵食品づくりなのではないかと思うわけです。自分でものを作ることによって(そして失敗することによって)、きっと世界の成り立ちへの理解がより一層深まることになります。それを私は「面白い」と表現したいのです。

これは知られざる名著だと思う。発酵食品についての詳細は少ないけど、DIY精神の大切さをユーモア満載で教えてくれる。
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島に移住した理由(下)

男木島にたどり着いたところまでが前回の内容。

今回はなぜ男木島に決めたのかという核心部分を書こうと思います。

 

なぜ男木島に移住したのか。

「特徴的な町並み」「雄大な自然」「離島のわりに意外と街に近い」「格安の生活費」などの要素は確かに重要ではあります。しかし、これらの要素を満たす場所は日本国内だけでもごまんとあるでしょう。ですので、これらの要素の積み重ねだけでは決め手にはなり得ません。

高松市は移住者誘致/定住促進にそこまで熱心な自治体ではない(としか思えない)ため、他の地方でみられるような「あそこに引っ越せば得する」というようなものが決め手になったわけでもありません。個人的な所感を言わせてもらうと、自分の住むところは「損得」といった経済的側面から語られるべきものではないように思いますし、「得」を求めて引っ越してきた消費者マインドたっぷりの人々がその地でステキな関係を醸成できるようにはとても思えません。

これらの外的要素でないとすれば、何が私達夫婦を男木島へと導いたのか。

身も蓋もない言い方をすれば、それは「偶然」であると私は考えています。

 

偶然がたくさん起こる島

この島では不思議なことに「偶然」がたくさん起こります。

初めて訪れたときには、道を歩いていたら私設図書館があったり、その日は閉館日なのに中に招いてもらったり、その図書館が移住者相談窓口を設けていたり、「引っ越してくれば?」と気軽に言われたりしました。

2回目3回目に訪れたときには、島の他の移住者たちがたくさん集まる夜があったり、新しくできた小学校の入学式に参列したり、フランス人の耕す畑をみんなで見に行ったりしました。

引っ越してきてからは、島内で特Aクラスというキレイな家を格安で貸してもらったり、道を歩いているだけで野菜を山ほどもらったり、家から徒歩10秒の大きな畑を二つ返事で貸してもらったりしています。

他にも枚挙にいとまがありませんが、全て「偶然」です。

 

「偶然」を生み出す背景

私の見方では、この偶然を高確率で生み出しているメカニズムは「コンパクトな空間」と「オープンな精神」によって支えられていると考えています。島全体がコンパクトで集落はさらにコンパクトなので、人口は200人にも満たないはずなのに道を歩けばだいたい誰かに出くわします。全員が顔見知りというのもあって、皆さんとても面倒見が良く、助け合い精神が大樹のごとく根付いています。引っ越してきたその日に段ボール箱を持って階段を上がっていると、腰の曲がったお婆ちゃん3人ぐらいから「手伝ってやる」と言われ、箱を奪い取られてしまいました。私はお婆ちゃんの元気さと世話好きのすさまじさに驚かされると同時に、この島に引っ越してきて良かったなと改めて思いました。

大工道具や農機具の貸し借りも頻繁で、私の家や庭にはご近所に借りたものや誰のものかよく分からないものがたくさん転がっています。家のことでも畑のことでも、いつでも何でも相談できる人達がまわりにあふれているのは本当に心強いものです。先日、家の水道管が故障して水道が使えなくなった時も、まず電話したのは水道屋さんではなくて、仲良しの島の漁師さんでした。電話をしてから30分後には水道が復旧したことを思うと、島を「不便」な場所と単純に捉える考えは改める必要がありそうです。

田舎によく見られるような詮索や監視みたいなネガティブなこともここでは全く見られません。むしろ、お互い名前も知らない私とおばあちゃんが道ですれ違いざまに冗談を言い合ったりするのも日常茶飯事だし、「家にたくさん家具や道具が余っているからもらいに来てくれ」と頼まれることも珍しくありません。その人がもつ背景などにはあまり執着せず、助けを求められればすぐに応じるようなオープンさがここには共有されていると思います。

 

このようにこの島では「コンパクトな空間」と「オープンな精神」が両輪のようにうまく機能することで、心地の良い「偶然」を生み出しているのだと思います。移住者同士もこの偶然の輪のなかにすっぽりと入っていて、みんなが日常を楽しんで過ごしているように私には見えます。この移住者同士のネットワークも私達にとって非常に重要なもので(そのうち人の焦点をあてたポストを書くと思います)、彼らがいなければおそらく私達はここには来ていないと断言できます。

 

こういったもの全てが私達夫婦がこの島に移住した理由と言えます。

つまり単純じゃないのです。

私もうまく説明できないのですが、とにかくいきなり質問されて、即答できるような類のものでないことさえ分かってもらえれば満足です。

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島に移住した理由(中)

内容が長文になりそうだったので、「島に移住した理由」は前中後編の3部編成でお送りします。

私達夫婦が住むところを探して世界のあちこちを周遊しているうちに、1箇所に決めきることができないという悩みを抱くようになったというのが前編の内容

今回は、島にたどり着くまでを書こうと思います。

 

排他と寛容

私が世界のあちこちを回って思ったのは、今の世の中がちょっとずつだけど確実に多様性を許容しない方向、異質な存在を排除する方向に向かっているということです。とくに2016年は元日のケルンでの集団暴行事件を皮切りに、イギリスのEU離脱、トランプ氏の大統領選挙躍進などなどここで詳しく述べることはやめておきますが、もうとにかくそういう世相というものにうんざり半分、恐ろしさ半分という気持ちでいました。

移住を検討しはじめたときには海外に住むことも選択肢としてあったのですが、そういう事情もあったりして(必ずしも日本にそういう世相がないという意味ではありませんが)、差別や治安などの問題を(比較的)御しやすい日本が良いのではないかという結論に至りました。

 

暖かさこそが唯一の選定基準

とは言っても、私は割とどこでも楽しく生きていけるタイプの人間ではあるので、移住先を考える際には妻の意見を最大限に尊重するようにしました。

その妻が出した唯一の希望が「暖かい地域」というものでした。

私達は当時北関東に住んでいたので、暖かい地域ということはすなわち日本国内で関東より南の地域ということになります。そこから色々とリサーチをインターネットで進めて、瀬戸内地方が気候も温暖で美味しいものも沢山ありそうだということが分かってきました。

 

瀬戸内地方への旅

じゃあ一度見に行ってみようということで、長い世界旅行(これに関してはそのうち書こうと思っています)を一端休止して、2016年3月から4月にかけてに一ヶ月丸々レンタカーを借りて瀬戸内地方を中心にあちこちまわってみることにしました。

ヴィッツで一ヶ月二人で車中泊というのはなかなかツラくも楽しいものでした。毎日銭湯に入って、道の駅に停めた車の中で寝袋にくるまって寝る日々。なんだか昭和の逃避行みたいなノリでしたけど、色々な街を訪れて、色々な人に話を聞けたのは貴重な体験で、とても面白かったです。

我らが愛車ヴィッツ(レンタカーだけど)

尾道、広島、岡山、松山あたりをめぐる日々のなか、「じゃあうどん好きだし、香川にも行ってみるか」と考えたのが、いま思えば新たなステージの始まりでした。

たまたま高松を訪れた日は3月19日で、それは瀬戸内国際芸術祭がはじまる前日でした。私達はそれまで瀬戸芸のことをほとんど知らなかったのですが、「せっかくの機会だから島もまわってみよう!」ということになり、「作品鑑賞パスポート」と「フェリー乗り放題3日間乗船券」を購入し、いくつかの島をめぐることにしました。

そんななかで、フェリー乗り放題を効果的に使わないともったいないと考えた私達がある日訪れたのが男木島でした。

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島に移住した理由(前)

皆さん移住した理由が気になるご様子

男木島といういわゆる「地方」を通り越して「辺境」とも言うべきところでお店をしていると、非常に沢山の方から「なぜこの島に移住してきたのか」という質問を投げかけられます。どれぐらい沢山かというと、多いときには一日三回ぐらい。

その都度、「島に呼ばれている気がして」とか「ノリですよ」とか「人があたたかいからです」とかテキトーな答え(ゴメンね!)を返しているのですが、よく聞かれるということはそれなりに理由があるのだろうと考え直し、ここらでちゃんとまとめておこうという考えに至りました。

移住希望者のジレンマ

2015年11月以降、私達夫婦は日本を含めた世界のあちこちの街を見て、新たに住むところを探していました。私達は行く先々で「ここは良いね」「あそこはステキね」なんて言ってノホホンと過ごしていたのですが、ある日自分達がある種のジレンマに直面していることに気づきます。それは、「居住地選択にあたっての制約がないために、いずれの候補にも決めきれない」というものでした。

多くの人達は仕事の都合や地縁血縁によって、ある意味、特定の場所に縛られて生きています。それはもしかしたら息苦しくなることもある生き方かもしれませんが、少なくとも居住地選択に頭を悩ませることはそこまでないでしょう。私達の場合は仕事や血縁といった制約がほとんどなかったがゆえに、選択肢が多すぎて居住地の候補を絞ることが長いことできていなかったのです。たとえるなら、今日着ていく服を選ぶときに、選択肢が1000パターンもあるような状態と言えるでしょうか。自由=ラクではないということです。

世界は「ステキな場所」だらけ

隣町から地球の裏側まで、世界は「ステキな場所」にあふれています。これまで色んなところを訪れましたが、「気に入らない場所」なんてひとつもありませんでした。どんな国のどんな場所にも、美しい風景が広がっていて、面白い人々が暮らしていて、美味しい食べ物があります。でも、分身の術を使うわけにいかない現代では、この広大な世界のなかで居住地をひとつ選ばなければなりません。(複数拠点生活なんてものもありますが、その場合もいくつかの場所を選び取る必要がありますし、ある時点でみれば居住地はひとつと言えるでしょう)

 

そろそろ一日の目標の1000字を超えたので、悩みを抱えた私達がどのようにして瀬戸内海に浮かぶ島にたどり着いたのかは、明日にでも書くことにします。おやすみなさい。

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パンや焼き菓子だけでなくブログも作ってみる

Hello world!

ということで、ブログをはじめることにしました。

 

私は縁あって今年の8月に男木島という瀬戸内海の島に夫婦で引っ越してきたのですが、そこは辺境の極地のような所にもかかわらず(だからこそと言えるのかも)webで生計を立てている人が何人もいます。私達夫婦はものづくりを愛する単なる小市民なのですが、彼らに様々な影響を受け、21世紀のものづくりは様々な意味でwebを抜きにして語ることはできないと考えるようになりました。

私はwebには全く詳しくなく何がなにやら未だによく分かっていませんが、webがもつシェア、オープンネスといった哲学には惹かれるものがあります。私と妻が得意とする料理やものづくりについても、そのような美しい哲学を追求できるのではないかと考え、この度その実践の一部としてブログを立ち上げることにしました。

と、真面目に書いてきましたけど、要するに面白そうだからちょっと覗いてみようというだけの話です。