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  • 循環する商いと暮らし

    2026年6月9日 – Adminマイストア

    循環する商いと暮らし

    私たちのお店、ダモンテ商会は夫婦でやっている小さなお店ではあるのですが、一般に想像されるような形とはいささか様相を異にしているので、今回はその話をしようかと思います。 業態としては一応ベーカリーカフェです。オープン前には「こんな離島でパンなんて焼いてお客さんが来るかいな」と島民からもよく言われましたが、2017年の開業から何年も経ちましたがいまのところその心配はなさそうです。むしろお店にたくさんのお客さんが来てくれることと、男木島という未利用資源の宝庫をもっと活用したいという思いのもと、夫婦だけでは回らないので住み込みスタッフを抱えるスタイルで日々の商いと暮らしを営んでいて、外仕事ボーイズと内仕事ガールズという昭和みたいな分業制をしいています。 私達の活動の特筆すべき点のひとつは外仕事部門で、その特徴は「収益化を考えずに長いプロセスで食を捉える」というものです。例えば、猪を捕まえるためにIoTを勉強したり、パンを焼くための小麦を育てるための土作りをするための堆肥を作るところから始めたり、鶏卵を買うのが億劫で自分で鶏を飼うために耕作放棄地を切り開いて鶏舎を建てたりといった具合です。外から見ると何をしているのか分からないと思いますが、すべてはぐるっと回って最終的には食に還元されるわけです。もはやどこまで遠回りできるかに創造性が発揮されているとも言えます。遠回りするほどそれは商いと暮らしをめぐる循環に近づいていきます。元々暮らしのために始めたことが商いの一部になったり、商いのことを考えた結果が暮らしにも影響を及ぼしたりと、いまや商いと暮らしは私達にとっては線引きできないものとなっています。「ワークライフバランス」みたいなのもいいですけど、個別に切り分けて捉えるよりもすべてをひとつながりのものとして考えてその中で創意工夫を施すという方向性が私は好きですね。

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  • そとにひらく暮らし

    2026年6月8日 – Adminマイストア

    そとにひらく暮らし

    私たち家族の住む男木島では、100人強の島民が島の南西部分の小さなひとつの集落に寄り添うように暮らしており、畑や果樹園を考慮に入れても島全体の面積からみると8割ほどが利用されずに放置されています。 理想的な里山のかたちとは言い難いようなこの男木島の状況ですが、完全な自然状態とも言えない放置された土地はいわば人間の領域の境界線がぼやけるバッファゾーンであり、そこにあるものはみんなのものであると同時に誰のものでもないという入会地みたいな感じです。そこに目をつけたのが強欲な私たち。誰も行かない場所には実はお宝がたくさんあるのです。 例えば側溝にたまった腐葉土を週一回集めて、それを他の材料と合わせて発酵させることで鶏の餌を作っています。また秋から冬には落ち葉がたくさんあるので、それも運搬車を使って集められる限り集めています。落ち葉は腐葉土を自分で作ったりするのに使えますし、畑仕事にもあちこちで活躍してくれます。さらに言えばイノシシです。イノシシは畑を荒らす嫌われ者ですが、考え方を変えれば新鮮な美味しいお肉が何もコストをかけることなく勝手に育ってくれているわけです。経済面だけでなく環境保護の観点から言っても、この貴重な「資源」を利用しない手はありません。 こうやって私たちは「家」だけに閉じた形ではなく、「地域」に開いた形で自分たちの暮らしを構築することで様々なメリットを享受しています。自分の領域だと思っている場所から一歩そとに目を向けて、考え方を少し転換するだけで、意外な豊かさが無数に広がっていることに気付かされます。ここで大切なのは私たちが自分たちの「得」を追求する行為の結果として、島の側溝がキレイになり、道から落ち葉がなくなり、イノシシ被害も減るということです。島民には悪いですが、島のことを考えてやっているわけでは全然ありません。「結果として」というのが良い形を継続させる秘訣だと思うのです。

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  • おとなになるということ

    2026年6月6日 – Adminマイストア

    おとなになるということ

    私たち家族の暮らす男木島は人口が100人ちょっとで、あとは猫と猪と鶏たちなどが暮らす場所です。風光明媚という感はありませんが、人が少ないこともあって自然たっぷりの暮らしをしています。猫島として知られていますが、実は私のせいで猫や人間よりも鶏の方が多くいます。影響が大きくてごめんなさい。 私たちの暮らしは人間だけを相手にするものではありません。目に見えないもの、言葉が話せないもの、分かりあえないもの、そういう森羅万象がプレイしているゲームに人間も参加しているという認識を私は持っています。そこでゴキゲンにやっていくためには「おとなになる」必要があります。「0か1か」というデジタルな二元論や「話せば分かる」的な理想論は通用しません。ただそこに身体をおいてみて、「自分たち」にとって心地よい場所にするためにどんなアクションをとるべきか、そしてとらないべきかを考え続けます。この「自分たち」の範囲をどこまで広げられるかが腕の見せ所です。ちょっとずつしか動かないし、面倒くさくて時間がかかる仕事ですが、だからこそおとなにしかできないのです。重機を使ってコンクリートで固めて完成よかったね、というのは異世界の話です。なぜなら暮らしに「完成」という日は決して来ないからです。 そこにあるのは多種多様なプレイヤーによるアクションと他者のリアクション、そしてそれらが織りなす無限にも思えるフィードバックのループがあるだけです。「土から離れては生きられないのよ」というのは天空の城ラピュタのシータのセリフですが、この「土」は物理的な足場という意味ではなく、このフィードバックループの束のことであり、そこでプレイされるゲームのことです。そこから「イチ抜けた」と飛び去るのは幼稚なこども(=ムスカ)のやることで、おとな(=シータ)は面倒でも傷つきながらでもそのゲームをプレイし続けます。そのゲームには報酬や目的はなく、ゲームが続いていくことこそが目的だからです。おとなってなかなかいいものです。

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  • こんなはずじゃなかった小麦の話

    2026年6月3日 – Adminマイストア

    こんなはずじゃなかった小麦の話

    【あちこちに書いてきた文章を再掲しています。時系列がちょっとズレたりするでしょうがそこはご勘弁を】 私達は店をやろうと決めたときや、店で出すものを考えるときにコンセプトのようなものをあまりちゃんと考えていませんでした。「自分たちの美味しいと思うものをお客さんに提供しよう」というごく当たり前のことぐらいしか決めていなかったのです。そんななかで男木島というドがつくほどの田舎に居を構えることになり、その時点ではじめてこの場所で何ができるか何をするべきかということを考えるようになりました。お店というものは空間的にもコミュニティデザイン的にも「どこにあるのか」という点がやはり基礎になると思うのです。 ということで、私達のお店は男木島という小さな島にあります。島民目線から言うと、この島は人口100人ちょっとしかいなくてわりと島民同士が仲良くて、その7割以上が畑名人のジイサマバアサマで、集落のまわりには耕作放棄地が延々とひろがり(島の面積の8割が耕作放棄地と言っても過言ではありません)、そこを猪が歩いているという感じになります。この環境をどのように活かすとみんな(島民、お客さん、動物、微生物、そして私達家族)がよりハッピーになるのかというのが私達のスタート地点です。なので、もしほかの場所に引っ越すことがあれば全く別のシゴトの仕方を模索することになるでしょう。 さて、田舎のコミュニティではありますが全く排他的な印象はないここ男木島に暮らしていると日々いろんな話が舞い込んできます。家屋の修繕とかの話題も多いなかで、そこそこ耳にするのが「あの畑誰か使わんかいの」的な話です。ジイサマバアサマたちは畑名人であるがゆえに自分たちがかつて使っていて今は放棄した畑の行く先を案じている人が多くいます。草ボーボーだとみっともないと考えてしまうのでしょう。私達が使おうじゃありませんか。1年目は1反の畑を借りることにしました。すると皆さんその様子をよく見ているようで、「あいつらに貸したらちゃんとやりよる」という展開になり、毎年畑の面積は倍々で増えていき、いまではおよそ7反(7000㎡=小学校のプール23杯分)ぐらいの広さになってしまいました。このすべてを私達は口約束で借りており、さらに固定資産税は持ち主が払ってくれていてちょっと申し訳ないので、ときおりお菓子とかを持っていきます。 プロセスを愛して小麦を育てる 私の父親は自称ヒマ人でした。彼はある日ピザを食べたいという願いを叶えるために、自宅の庭にピザ窯を作ることにしました。でも何故か彼は普通にピザ窯を作っても面白くないと考えたようで、窯を作るためのレンガから作ることにしました。レンガを作るためには木枠を作る必要があります。買い出しです。私は彼に訊きました。「買い出しに行くぐらいなら途中でピザを買ってくれば早いんじゃないの?」彼の答えは「自分で作った方が面白いし、なんせヒマだし」というものでした。当時は野暮なことを聞いたかなと思いましたが、まぁそこはダモンテ家。いまではすっかり私自身もそのような考え方が腑に落ちるようになりました。 私自身は自分のことをヒマ人だと思ったことはありませんが、人によってはお金を払えばワンクリックで手に入る小麦を毎年長時間汗水たらして自給しようとするのはヒマのなせるわざだと言うかもしれません。それも事実ではありますが、何を大切にするかという認識の相違ですね。 私達の小麦は、まず畑の土づくりから始まります。畑のスペースに鶏を放って、不要な雑草やその種を食べてもらい、糞をしてもらい、小さなその足で一生懸命耕してもらいます。その後、島の学校の運動場の芝生(ええ、学校の運動場は島民の手で植えた芝生なのです)を刈り込んだものを発酵させた肥料を全体に撒いて、それを耕運機で昨年の麦わらチップとともに畑にすき込んだら準備完了です。 11月中旬頃に畑全体に細い溝を何条も掘って、そこに昨年できた小麦を植えていきます。あとは折をみて麦踏みを数回したり、様子をみて発酵鶏糞の追肥をするぐらいです。5月に入ると何度か畑に行って、育ち具合を確認し、天気予報を何度もチェックして収穫日を決めます。刈り取りのタイミングは3日早くても遅くても品質に影響が出るので毎年なかなか難しい決断を迫られます。そこからは刈り取り→束を作る→5日ほど干す→脱穀(穂から小麦粒だけをとる)→さらに小麦粒を数日だけ天日干し→冷暗所にて真空保管という手順をたどります。最初の数年は慣れない作業で毎回試行錯誤をしていて子供が起きる前に家を出て、子供が寝たあとに帰宅するという日々でしたが、最近はずいぶん慣れてきたことや農業機械の導入もあって鼻歌まじりで作業を終えられるようになってきました。ちなみに麦わらは島内各所の畑名人たちにさらわれていき、籾殻は土壌改良&鶏のエサとして活躍してもらうので捨てるものは何もありません。 全くの素人ながら平均すると毎年100kgをゆうに超える量の小麦を取れるようになって思うことはいくつかあり、耕作放棄地をそのまま放置することのもったいなさ、移ろう季節に沿って働くことの面白さ、そしてなにより自分で自分の食べるものを作ることの満足感があります。究極のセーフティーネットと言えばいいのでしょうか。天変地異が起ころうとハイパーインフレが起ころうと、土に種をまけば小麦が育って、それを発酵させればパンになって人間のお腹が満たされるという当たり前のことは決して色褪せないと思います。

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