こんなはずじゃなかった小麦の話
2026年6月3日
【あちこちに書いてきた文章を再掲しています。時系列がちょっとズレたりするでしょうがそこはご勘弁を】
私達は店をやろうと決めたときや、店で出すものを考えるときにコンセプトのようなものをあまりちゃんと考えていませんでした。「自分たちの美味しいと思うものをお客さんに提供しよう」というごく当たり前のことぐらいしか決めていなかったのです。そんななかで男木島というドがつくほどの田舎に居を構えることになり、その時点ではじめてこの場所で何ができるか何をするべきかということを考えるようになりました。お店というものは空間的にもコミュニティデザイン的にも「どこにあるのか」という点がやはり基礎になると思うのです。
ということで、私達のお店は男木島という小さな島にあります。島民目線から言うと、この島は人口100人ちょっとしかいなくてわりと島民同士が仲良くて、その7割以上が畑名人のジイサマバアサマで、集落のまわりには耕作放棄地が延々とひろがり(島の面積の8割が耕作放棄地と言っても過言ではありません)、そこを猪が歩いているという感じになります。この環境をどのように活かすとみんな(島民、お客さん、動物、微生物、そして私達家族)がよりハッピーになるのかというのが私達のスタート地点です。なので、もしほかの場所に引っ越すことがあれば全く別のシゴトの仕方を模索することになるでしょう。
さて、田舎のコミュニティではありますが全く排他的な印象はないここ男木島に暮らしていると日々いろんな話が舞い込んできます。家屋の修繕とかの話題も多いなかで、そこそこ耳にするのが「あの畑誰か使わんかいの」的な話です。ジイサマバアサマたちは畑名人であるがゆえに自分たちがかつて使っていて今は放棄した畑の行く先を案じている人が多くいます。草ボーボーだとみっともないと考えてしまうのでしょう。私達が使おうじゃありませんか。1年目は1反の畑を借りることにしました。すると皆さんその様子をよく見ているようで、「あいつらに貸したらちゃんとやりよる」という展開になり、毎年畑の面積は倍々で増えていき、いまではおよそ7反(7000㎡=小学校のプール23杯分)ぐらいの広さになってしまいました。このすべてを私達は口約束で借りており、さらに固定資産税は持ち主が払ってくれていてちょっと申し訳ないので、ときおりお菓子とかを持っていきます。
プロセスを愛して小麦を育てる
私の父親は自称ヒマ人でした。彼はある日ピザを食べたいという願いを叶えるために、自宅の庭にピザ窯を作ることにしました。でも何故か彼は普通にピザ窯を作っても面白くないと考えたようで、窯を作るためのレンガから作ることにしました。レンガを作るためには木枠を作る必要があります。買い出しです。私は彼に訊きました。「買い出しに行くぐらいなら途中でピザを買ってくれば早いんじゃないの?」彼の答えは「自分で作った方が面白いし、なんせヒマだし」というものでした。当時は野暮なことを聞いたかなと思いましたが、まぁそこはダモンテ家。いまではすっかり私自身もそのような考え方が腑に落ちるようになりました。
私自身は自分のことをヒマ人だと思ったことはありませんが、人によってはお金を払えばワンクリックで手に入る小麦を毎年長時間汗水たらして自給しようとするのはヒマのなせるわざだと言うかもしれません。それも事実ではありますが、何を大切にするかという認識の相違ですね。
私達の小麦は、まず畑の土づくりから始まります。畑のスペースに鶏を放って、不要な雑草やその種を食べてもらい、糞をしてもらい、小さなその足で一生懸命耕してもらいます。その後、島の学校の運動場の芝生(ええ、学校の運動場は島民の手で植えた芝生なのです)を刈り込んだものを発酵させた肥料を全体に撒いて、それを耕運機で昨年の麦わらチップとともに畑にすき込んだら準備完了です。
11月中旬頃に畑全体に細い溝を何条も掘って、そこに昨年できた小麦を植えていきます。あとは折をみて麦踏みを数回したり、様子をみて発酵鶏糞の追肥をするぐらいです。5月に入ると何度か畑に行って、育ち具合を確認し、天気予報を何度もチェックして収穫日を決めます。刈り取りのタイミングは3日早くても遅くても品質に影響が出るので毎年なかなか難しい決断を迫られます。そこからは刈り取り→束を作る→5日ほど干す→脱穀(穂から小麦粒だけをとる)→さらに小麦粒を数日だけ天日干し→冷暗所にて真空保管という手順をたどります。最初の数年は慣れない作業で毎回試行錯誤をしていて子供が起きる前に家を出て、子供が寝たあとに帰宅するという日々でしたが、最近はずいぶん慣れてきたことや農業機械の導入もあって鼻歌まじりで作業を終えられるようになってきました。ちなみに麦わらは島内各所の畑名人たちにさらわれていき、籾殻は土壌改良&鶏のエサとして活躍してもらうので捨てるものは何もありません。
全くの素人ながら平均すると毎年100kgをゆうに超える量の小麦を取れるようになって思うことはいくつかあり、耕作放棄地をそのまま放置することのもったいなさ、移ろう季節に沿って働くことの面白さ、そしてなにより自分で自分の食べるものを作ることの満足感があります。究極のセーフティーネットと言えばいいのでしょうか。天変地異が起ころうとハイパーインフレが起ころうと、土に種をまけば小麦が育って、それを発酵させればパンになって人間のお腹が満たされるという当たり前のことは決して色褪せないと思います。