以下のものはもともとはパン作りに悩む友人のために簡単に書いたものが元となっています。パン作りについて訊かれることがたまにあるので、ここに載せることで誰かの助けになればと思います。なにも秘密はないので全部書いてしまっていますが、私自身も日々勉強でアップデートしていますし、作る量によってやり方がちょっと違ってくる場面もあったりするので、私自身がいま現時点でこの通りの道具やスケジュールで作っているわけではありませんが、パン作りの最初の一歩の手助けにはなってくれるだろうと思っています。
分かりにくい箇所やよりよいやり方については随時修正やアップデートしようと思っていますが、疑問点等がありましたらお気軽に当商会あてにお問い合わせくださいませ。
では参りましょう。
必要なもの
- 小麦粉(強力粉がいいが、中力粉でもOK)
- 塩(なんでもOK)
- 水(水道水でOK)
- 酵母(ウチのでもいいし、自分で起こしたものでもOK)
- やってみようという心意気
必要な道具
- ボウル
- 計量器
- ラップ or ボウルを覆うフタ
- オーブン
忘れてはならないこと
- 失敗か成功かを決めるのは自分次第。充分おいしくて自分が満足できればそれでOKとする。職人は目指さない。
- 書かれている時間は全部目安。1,2時間ずれたところで大した問題は(多分)ない。室温・水温・粉の温度・ボウルの表面温度によって発酵の進み具合はずいぶん変わってくるので、生地が今何度かは常に意識する。慣れないうちはちゃんと測る。温度が高いときは過発酵になりやすいので作業のペースを上げつつ生地の扱いには細心の注意を払う。温度が低いときはじっくりゆっくり時間をかける。慣れてくると見て触るだけで生地の状態がわかってくる。
- 五感で発酵を感じながらやると楽しいし上達が早い。(私はしょっちゅう焼いてない生地を味見したりしている。発酵が進むにつれてどんどん酸味が出てくるのがよく分かる。)
レシピの一例
- 強力粉 300g
- ぬるい水 225g(粉の75%、目安は25度)
- 慣れてくるともう少し水を足したほうがより良いマウスフィーリングになる。当商会の高加水ブレッドは94%の水分量。
- 元気な状態の酵母 60g (粉の20%)
- 塩 6g (粉の2%)
タイムスケジュールの一例
パンを焼く前日09:00 酵母にえさ(小麦粉と水)を与える
- 酵母1(例 15g):ぬるい水4(60g):強力粉4(60g)の分量で混ぜ合わせる。
- 容器はなんでもOK。タッパーとか小さめのボウルとかでも可。乾燥させないようにラップなどを使ってフタをすることを忘れない。
- 寒くないところで、直射日光が当たらないところにそのまま放置する。目安の室温は25度前後。冬場は電気毛布でほんのり温めるなど工夫をする。
- 酵母の量に関する考え方は以下の通り。
- 酵母の量はパンで使う小麦粉の20%が目安になる。
- つまり、上の例だと15+60+60=135gの元気な酵母が6-7時間後にできる。粉の20%だけ酵母を使うので、135gの酵母は理論上675gの粉を使ったパンを膨らませる力がある。しかしそれだと酵母を全て使い切ってしまうので、実際は少し残して酵母100g、粉500gぐらいにとどめておくのが吉。
- もっと多くのパンを一気に焼きたい場合は、最初のエサを与える場面で量を増やす。例えば酵母 50g : ぬるい水 200g : 強力粉 200gにする。これだと450gの酵母になるので、50gを使わずにおいたとして、酵母400gで粉2000gまでのパンを焼けることになる。
同日15:00 生地を作り始める(分量は多少違うが、このページ最下部のYouTubeを参照)
- 小麦粉 300gとちょいぬるい水 225g(粉の75%)を混ぜ合わせる。個人的には香り豊かなパンが好きなので強力粉一種類ではなく、全粒粉など他の種類の粉もブレンドして合計で300gになるようにするのをおすすめする。
- 大きめのボウルを使うと良い。こねる必要はなく、混ぜ合わせて乾いたところがなくなればOK。ラップをして30分ほど放置。
- 気温が高いときは水の温度を下げて調整する。逆に寒いときはより温水を使う。
- 水の量は目安。少なければ生地が扱いやすく膨らみやすいパンになり、多ければしっとり感があって美味しいパンになるが生地が扱いにくいパンになる。慣れないうちは加水量は70%台にしておく。
15:30 生地と酵母を合わせる
- 酵母が元気な状態になっているかは酵母を少しだけスプーンで取ってみて、それを水を張ったコップかボウルに入れてみる。酵母が水に浮けば充分に炭酸ガスを内包している=パンを膨らませるチカラが備わっているという意味。酵母が置かれている温度によって発酵のスピードが違うので、浮かなければさらに30分-60分ほど待ってから酵母と生地を合わせる。
- 酵母の量は粉の量の20%が目安。この場合は粉が300gなので、酵母の量は60g。
- 酵母は必ず少し残しておいて全部は使わないようにして、残りは冷蔵庫に入れる。少し残した酵母は3-4日は冷蔵庫の中で元気にしているので、またステップ1に戻って新しいパンを作るのに使える。ちなみにウチの酵母はもう10年以上かけ継いでいるもの。全量使い切ったらもうオシマイなので要注意。
- 濡らした手でしっかり混ぜて(こねなくてOK)、ラップして30分ほど放置。
16:00 生地に塩を入れる(私の環境だと室温25℃で酵母のエサをやってからここまでが7時間だと良い感じに仕上がる傾向がある。室温が30℃近くになっていると5-6時間ぐらいでこの段階まで来たほうが良いかも)
- 塩は粉の量の2%が基本。この場合、粉が300gなので塩は6g。
- 濡らした手で塩を全体になじませるようにしっかり混ぜ合わせる。ここだけちょっとこねる。
16:30 伸ばしてたたむ。Stretch & Fold.1回目
- こねてグルテンを形成するやり方ではなく、生地の自重と少しのテンションと時間を利用してグルテンを形成する方法。慣れればずいぶんラク。ここからは常に優しく生地を扱う。
- ボウルの淵から濡れた手を差し入れて生地の下の方を優しく掴んで、上へ引き上げてたたんでいく。これを四方で繰り返す。風呂敷で大切なものを包むようなイメージ。
- 余裕があれば最後に全体をひっくり返して、上面をキレイな状態にしておくと良い。でも難しかったら気にしない。
17:00 Stretch & Fold.2回目
- 1回目と全く同じことをする。徐々に生地が大きくなっていて、グルテンによってまとまりが出てきているのを感じる。
17:30 Stretch & Fold.3回目
- 全く同じ。
18:30 巻き込む Coiling
- 今度は少し変えて生地全体を一つの方向に巻き込む。生地表面のテンションに注意。張りを出しつつ破らないのが大切。とはいえ細かいことは気にしない。やりづらかったらテーブルの上に生地を出してみても良い。
19:30 分割・成形
- 小さいパンをいくつか焼くパターンの場合は、分割・成形は焼く直前で良いので今日はこのままボウルにラップでフタをして冷蔵庫へ。
- 大きいパンを焼く場合はここで成形をした方が良い。生地の全部を1個のパンにする場合は、生地をボウルから作業台に出してfoldingの要領でキュッと張りのある状態の丸形に成形する。表面はスベスベが望ましい。乾燥に気をつけてそのまましばらく放置。(中くらいのパンを2,3個焼きたい場合はこの段階で分割しておき、それぞれを張りのある丸形にしておく)
- 発酵カゴが無い場合は、オーブンに入る大きさのボウルか鉢を用意する。ボウルの内側全体にペーパータオルを使ってオイルをまんべんなく塗る。
- 丸い生地の表面に少しの打ち粉をして、スクレイパー(カード/無かったらフライ返し)を生地と作業台の間に差し込み生地をひっくり返して作業台の上に置きなおす。あとはいかにガスを逃がさないか、生地に張りをもたせるかを考えて成形する。難しい場合はyoutubeで”bread shaping”と検索してみる。
- 成形した生地を発酵かご(ない場合はオイルを塗ったボウル)に成形時の生地の綴じ目が上を向くように入れて、ラップかなにかでカバーをして、室温で2時間ほど置いてから冷蔵庫へ。
翌朝(朝食の2時間前) 焼成
- 焼成が最も家庭と厨房の違いが出る部分。とくに注意する点(家庭用オーブンが苦手な点)は、下火と蒸気。これをどのようにして解決するか。工夫が必要。
- 下火が強くないと、パンの上部分や表面は焼けていても、中身や底が生焼けということになりがち。
- 解決するには、予熱をしっかりする、天板ごと予熱する、ピザストーンを使うなどが考えられる。
- 蒸気が出ないと、パンの内部に火が充分に通る前にパンの表面が焼けてしまったり、うまく膨らまなかったりする。
- 解決するには、オーブンに入れられる金属製の鍋(ル・クルーゼやストウブやダッチオーブンと言われるジャンルのもの)を使ってカンカンに予熱したその鍋の中にパンを入れて焼く方法がある(ウチでもこの方法で焼くパンがある。この方法を使う場合は、蓋を閉めた状態で30分焼いて、その後蓋を開けてさらに10-15分焼くというやり方が良い)。もしくはオーブンの底に焼けた石をひいておいてパンを入れたあとに石めがけて氷水をかける(多分家庭用オーブンだと難しい方法。故障するかも)、パンを小さめにしておいてオーブンの空いたスペースに耐熱容器を置いてそこに水を張る、パンをオーブンに入れる前に霧吹きを使って充分にパンの表面を濡らすなどが考えられる。
- 下火が強くないと、パンの上部分や表面は焼けていても、中身や底が生焼けということになりがち。
- オーブンを240°に予熱する。オーブンの天板にオーブンペーパー敷き、その上に生地をひっくり返して置く(ここで生地の綴じ目が下を向く)。
- 生地にクープ(切れ目)を小さいナイフかカミソリで入れる。これによって生地の破裂を防ぎ、膨らみをコントロールすることができる。
- 霧吹きで生地全体を濡らしたらすぐさまオーブンに投入。
- 目安は240°で30-40分。様子をよく見る。
- 焼けたと判断したら、パンを出して、最低30分は冷ましてからカットして食べる。
- 小さいパンの場合は、生地の全体量(g)÷個数をして1個あたりの重量を計算する。
- その計算で導いた重量になるように生地を分割して、それぞれを丸めていく。
- 丸めたあとは生地が緊張しているので、20分ほど乾かないように放置する。
- あとはオーブン予熱、クープ、霧吹き、オーブン投入、という流れ。
- 時間は少し短め(25-35分)、温度も少し低めが良い(220-230°)
酵母の世話について
基本的に生命力は強くてなかなか死なないが、直射日光と高温だけには気をつける。
- ほぼ毎日 or 3-4日以内にパンを焼く場合
- かなり良いペースです。酵母を使い切らないようにだけ注意すればOK。
- 1週間に1度焼く場合
- ちょっと微妙なペースです。もしかしたら普通に使えるかもしれませんが、冷蔵庫の中で酵母の元気がなくなっているかもしれません。その際はパンを仕込む前日に酵母のエサやりだけやっておきましょう。1:4:4でエサをやって、増やして、6-8時間後にそのまま冷蔵庫に入れれば翌日にパンを仕込むときには元気な酵母として使うことができます。せっかく酵母を増やしたのにそのまま冷蔵庫に入れるのがもったいないと感じるのであれば、パンほど膨らむチカラが求められないピザ生地などに使うことはできるはずです。
- 2週間に1度焼く場合。
- 元気がなくなっているので普通には使えないはずです。上の例のように仕込む前日に一度エサをやってください。それでも焼いたパンに今ひとつ酵母のチカラを感じ取ることができなかったら、1週間に一度はエサをやって増やして冷蔵庫というのを習慣にすると良いでしょう。
- 1ヶ月に一度焼く場合。
- これも1週間や10日に一度はエサをやって欲しいです。あとは上の例と同様に。冷凍保存できるという話も聞きますが、私自身はやったことありません。ちなみに私は旅行に行く際はご近所さんに酵母の世話を託していきます。私の父は酵母と一緒に旅行に出かけます。
よくある質問
酵母はなにで起こしていますか?レーズン?
一番よくある質問がこれです。ここで示したようにウチでは小麦粉と空気中にいる酵母菌を使っています。いわゆるルヴァン種というものです。一番最初10年以上前にこの酵母を起こすときに菌を呼び込みやすいレーズンを一回だけ使っていますが、それ以降はずっと小麦粉由来の菌だけです。
なぜ冷蔵庫に生地を入れるのですか?
スケジュール管理が容易になること、および低温長時間発酵によってより複雑なフレーバーを出すことが目的です。冷蔵庫を使うことで、パンを焼くタイミングを自在にコントロールすることができます。実際いまの私のスケジュールだと前々日の夜に酵母に餌をあげて、前日早朝から生地を扱いだして、前日昼前には成形が終わってカゴに入ります。急いで焼くなら昼過ぎには焼けますが、そのまま冷蔵庫に入れて次の日の早朝に焼くというのが私のやり方です。冷蔵庫内は発酵がとてもゆるやかになるので、生地を冷蔵庫に入れたままにしておいてさらに2,3日待つということもできます。この技法によって急な予定変更などにも容易に対応できるので結構便利です。冷蔵庫の容量を圧迫するのが唯一の弱点ですが。
どうしてもうまく焼けません。どうすれば?
仮説を立てて、実験して、検証する。その繰り返ししかありません。個々のパン作りの環境は世界にそれぞれひとつしかないので、誰にでも有効なアドバイスというものは存在しません。ちなみに私はパンを作っていると自分では思っていません。「酵母がパンを作り出す環境」を整えるのが私の仕事だと思っています。環境を少しずつ調整してなるべく自分に都合の良い形で酵母にゴキゲンに働いてもらえるように日々気を配るのが大切だと思います。繰り返すことに嫌気が指したなら諦めて近所の美味しいベーカリーに足を運ぶのがいいでしょう。
下は随分まえに作った動画です。折を見てこれも撮り直したいと思いますが、ともあれ多少の参考にはなると思いますので見てみてください。
長々と書いてきましたが、まぁあまり気をはらずに気軽に取り組んでみてください。完全に素人の私でできたのだから、きっとあなたにもできるはずです。